タイ旅行記


 ロンドン以降、11カ国目となる訪問国はタイになった。旅行記をずっと読んでこられた方はわかると思うが、スウェーデンに行く前にタイへの旅行は検討した事がある。その時に、北部の森を象に乗って入っていくというツアーに惹かれていた。今回、プランを組むにあたって、当然、一番の目的に入れる事になった。

 ANAのマイレージのマイルが期限切れを迎えそうになった去年の12月、とりあえず、特典航空券へマイルを交換する。行き先を決めておく必要があったので、前回、訪問を検討したタイを行き先に指定した。しかし、日程を決める事が出来なかった為、「来年の12月19日までに出発して下さい。特典航空券の席数に限りがある為、最悪、予約が取れないと使用できない可能性がありますので、予定が決まったら早めに予約をして下さい。」との注意がついた。
 日程を決められないままずるずると9月も下旬になり、結局、12月8日出発、12月18日帰国という、何とか間に合わせの予約を行った。

 航空券の予約を取り、日程を確定させたら、スケジュールを決めるべく、例によってインターネットであっちこっちの旅行記等を覗いた。経済格差の性もあり、滞在費が安い為、いかに安く過ごしたかを書いたサイトが目立った。そう、バックパッカー達の旅行記だ。いつしか、その影響を受け、宿は現地で調達しようか、電車とかの予約もしないで、行き当たりばったりの旅行にしようか、宿は1000B(約3000円)以下で安全な所を・・・と、考え出していた。
 そんな中、あの事件、そう、香田氏の事件が起きた。たいした準備もなくイラク入りし、帰らぬ人となった彼を巡る議論がインターネットの巨大掲示板、2ちゃんねるで行われ、ずっとROMをしていた。その中の「安全を金で買う」という書き込みにふと我に返った。自分は、何をしにタイに行くつもりなんだろうか、と。

 バックパッカーが羨ましいと思った時期もあった。いつの間にか、そこで生活している人と寝食を共にして、その国の文化なりを理解していく人達で、「いつかはクラウン」ならぬ、「いつかはバックパッカー」というような、「これこそが海外旅行の最たる物だ!」みたいな意識があった。しかし、2ちゃんねるで語られていた中では、単なる旅行者でしか無かった。「バックパッカーで無ければ偉そうに言うな!」というように、バックパッカーだけが一流だというような発言も多々見たが、僕の中ではバックパッカーへの思いは醒めてしまった。

 人それぞれの生活スタイルがあり、旅のスタイルがあるのである。バックパッカーのように安い旅行をしようとすればそれなりの時間が必要である。現地で宿を探して歩くとか、交渉する時間もあれば、交渉が決裂すれば別を探す必要もあり、トラブルが出れば解決にも時間を要する。
 旅行の終わりが決まっていなければ時間よりお金が大切になるだろうが、短期の旅行をする者に取ってはお金より時間である。

 僕はインターネットであちこちのサイトをあたり、トレッキングの予約、バンコクからチェンマイまでの飛行機、チェンマイからバンコクへの夜行列車、チェンマイとバンコクの滞在ホテル、そしてアユタヤへのオプショナルツアーと、結局、すべてを手配した。そう、僕はバックパッカーにはなれないし、なまじまねをして時間をつぶしてしまってはもったいないだけである。

 そんなこんなで、片づかなかった仕事をほったらかしにして、無責任にも12月8日、出発の日を迎えたのである。

12月8日

 出発   バンコク国際空港   チェンマイ到着


12月9日

 トレッキング出発   北へ   カレンの村へ


12月10日

 カレンの村    エレファントキャンプへ  ラフの村へ


12月11日

 再びチェンマイへ     夜のチェンマイ


12月12日  チェンマイ観光

  ドン・スティーブ寺院    ワット・ウーモンからナイトバザールへ
  


12月13日

 寝台列車でバンコクへ


12月14日

  初めてのバンコク


12月15日

 アユタヤツアー その1    アユタヤツアー その2  
 リバーシティからサラデーンへ


12月16日

 帰国前日


12月17日

  帰国日







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