10月16日(月) 旭川へのドライブ

 朝から知床は雨が降っていたので、フレベの滝のトレッキングは諦めて、ガイドのMさんが勧めてくれた「天に続く道」へ行く事にした。


 とにかく真っ直ぐ・・・・。このまま下っていって、写真の先の方に向かって登っていく。少し急な坂というくらいだろうか。正直、そんなたいそうな観光地には思わなかった。
 どっちかというと坂を越えた向こうの景色であろう。坂を越えるとやっぱり真っ直ぐ・・・・とことん真っ直ぐな道が続いていた。
 このままその真っ直ぐな道を次は網走監獄の博物館へと向かう。



 10月16日(月)、さあ、今日は博物館網走監獄というところによって、旭川に向かいます。 何で網走監獄・・?急遽ガイドブックを見て決めました。寄っても特に回り道というわけでもなく話のタネになるかなぁ・・という軽い気持ちで‥。でも、極寒の刑務所に収監されたすごい建物を見に行くことになるのかなぁと思っていました。それはそうだったのですが‥。

 網走監獄の事は実は良く知らなかった。知床から旭川に向かう途中にあり、歴史の証人として価値ある建物との認識から立ち寄る事にした。

 ナビをセットすると程なく網走監獄に到着。そこは、とても美しい庭園の中にありました。いまも網走刑務所というのは別にちゃんとあって、大きな敷地に建っていました。この網走監獄は一度明治時代に火災で全焼したものを再現したらしく、外見には美しい建物でした。再現獄舎に入ると何度も脱獄を繰り返した人の話や、囚人が独房に入れられている人形とかがありました。狭い・寒い・裸のトイレも部屋にある房は、目をそらして通り過ぎたくなりました。また、なぜそんな監獄が極寒の地に作られたかを読んでいくと北海道開拓の歴史が見えてきて、辛い気持ちが沸き上がってきました。自分たちで小屋を建てながら開拓を進めた史実や、多くの人が命を落とした生活は想像を絶するものでした。中には明治政府に反対する政治犯の人たちも多くいたようです。また。看守たちも家族を連れて勤めていて辛い任務であったことがうかがえました。その中で明治建築のすばらしさや工夫があり、以前富岡製糸場を訪ねた時のことを思い出したりしました。
 北海道の開拓史はまだまだ勉強不足で、当時の大変さははるかに想像を超えるものでしょうがその一環をこの監獄に送られた人々が担っていたことも少し理解でき、訪ねてよかったと思いました。


 ようこそ言われても・・・である。(^^)上に小さく「博物館」と書かれていなければ、ちょっとうろたえるかも。



  これは看守達の宿舎。中は今で言えば1DK。



 中には人形が置いてあり、当時の様子が再現されている。ちなみに、靴を脱いで上がる事が出来、入るとこの右手に畳の部屋がある。



 監獄内の暖房。各部屋には無く、廊下にこのようにストーブを置き、パイプを通して暖房をする。部屋によって暖房に差が出ないように配置場所を決めていたとの事。


 監獄内等にも人形があったが、連れ合いが人形の写真を嫌がった為、撮らなかった。

 網走の監獄は重罪を犯した人が懲罰の意味で極寒の地に送られるのだと思っていた。しかし、それは間違いだった。

 ○当時、ロシアが北方領土を南下してきて、このままでは蝦夷、現在の北海道もロシアに取られてしまうと明治政府が危惧した事。
 ○明治政府に反発する旧武家等の政治犯が数多く捕まり、刑務所の収容能力を超過していた事。

 ロシアに取られる前に蝦夷を開拓し、日本人が住まなくてはいけない。新しい刑務所が必要といった事で、政治犯を含む30代~40代くらいの健康な男性が蝦夷の地に送られ、開拓に従事したのである。

 間違った事を記載してはいけないので、詳しくは下記の公式サイトでご覧下さい。

  博物館 網走監獄 公式サイト (kangoku.jp)

 とりあえず、重罪人の懲罰の為の監獄では無いという事はわかった。北海道の監獄の歴史はそのまま開拓の歴史に重なるのであった。

 中の見学を終えると出口から外へ。例によって、出た所にお土産屋さんが。面白Tシャツもいろいろあり、「脱獄中」だの「探さないで下さい」だの、よりどりみどりである。レトルトカレーもいくつかあり、その中に「網走監獄 激辛カレー」というのがあった。ネットでも買えず、この博物館限定商品との事。思わずいくつか買ってしまった。

 さて、ランチは網走監獄のレストランで当時の監獄食というのをいただいてもよかったのですが、ちょっと牧場のステーキを食べられるところを見つけてしまいそちらへ・・これがまた、北海道らしいレストランに出会いました。
 地図ではすぐそこの牧場レストランはその門らしい場所に入ってからもなかなかたどり着かず、ちょっと心配になった頃に昭和時代のドライブイン?みたいな建物を発見。ちょっとひるみましたが、ここまで来たらもうお腹も待ってくれず、入っていきました。ちゃんとお客さんもいて、焼き肉をしたり中華のメニューもあるらしく和やかな食事風景。大丈夫かなとメニューを開くと、いろいろ焼肉メニューがあり、お目当てのステーキもあったのですが、色々食べてみたいと焼肉に。私はいつもホルモン派なので、ホルモン+マトンでジンギスカン!彼は特上ロースになんだかいいお肉を頼んでいました。焼き野菜に名物らしいコーンスープもしっかりいただきました。幸せのお肉ランチ、完食でーす(⋈◍>◡<◍)。✧♡



 連れ合いが見つけた「網走原生牧場観光センター 牧場レストラン」
 正直、もっとおしゃれな建物を想像していた。通りから門を入ると、少し登りになっている地道を走って行く。「本当にこんな所にあるのだろうか?」というような風景の中、坂を登り切ると視界が開け、右側に建物が見える。他に建物が無いのだから、これしかないのだが・・・。
 中に入ると土産物が並べてあり、その横を奥に進むと昔懐かしいようなレストランというよりは大きな食堂があった。



 最近は見る事が少なくなって来たプロパンガスの焼き肉器。見るからに家族経営のほのぼのとした食堂です。
 「ロース900円」「極上ロース2200円」と書かれているのを見て、その差額に極上ロースがどんなのか確かめたくなってしまい、思わず頼んでしまった。
 出てきた極上ロースはなかなかすごいお肉だった。

 幸せのお肉ランチ、完食でーす(⋈◍>◡<◍)。✧♡


 昼食が済むと今夜の宿、「ホテルクレッセント旭川」を目指す。時間は14時10分。ここから約230kmになる。外は雨も降ってきており、依然として広々としたほぼ直線道路をひた走る、が・・。連れ合いの「トイレに行きたいから、コンビニかどこかに寄って。」との要望によりナビでコンビニを探す。一番近いコンビニは7km戻ったセイコーマートだった。先に進む方にはコンビニは表示されない。道の駅は無いかと検索すると、こちらはさらに遠く、31km、戻った所だった。初日に感じた、「コンビニが無い」が今度は実感としてのしかかってくる。7km戻ったところでナビが「目的地は左にあります」というが、無い。普通の家(といっても大阪の感覚よりはかなり大きいが)があるだけだった。少し先に大きな道が見えていたので、そこまで出て左右を探そうと思い進むと、その角にセイコーマートがあった。
 ついでにコーヒーを買い、160km先のホテルに向かいひた走る。有料道路に乗って、さあ、と思うが、なんと殆どの区間は制限速度が70kmで、時折80kmのところが出てくるだけであった。理由は片道1車線で、時折、対面通行がある為であろう。淡路縦貫道路も同じような条件の時は70km規制であった。しかし、下道も殆ど信号の無い60km規制。あまり差は無いのでは無いかと思った。


 18時30分過ぎ、知床から直接走ってきて280km、途中、網走監獄により、レストランで引き返したので、総走行距離は340km程走り、「ホテルクレッセント旭川」に到着した。


 そして一路旭川へ。なんと340㎞のロングドライブで、お疲れ様。




 私は、助手席に乗っていただけなので、まだお腹が重い状態。今日は軽い夕食でいいわ・・とグルナビで検索。スープカレーのお店を探しました。ホテルの近くの沓澤カレーさん。二人で歩いて行けるところに見つけたものの街はほとんど街灯もなく暗―い。店もとても小さなレストランで入り口も狭く、大丈夫かなぁと覗き込んでみたらお客さんが入っていたので、入ってみました。


 行ったのは「沓澤カリー」というお店。



 連れ合いもそんなにお腹が空いておらず、ゴロチキとバターチキンの合いかけカレー辛さ増し。


 
 私はもちろん野菜ゴロゴロのスープカレーを注文。とても美味しかった。大きな野菜がこれでもかと入りサフランライスもたっぷりで、私の好きなスパイスカレー♡またしてもお腹がはちきれそうになりました。これ以降ホテルの朝食はバイキングが続くのですが、私はスープカレーを外したことはありません



 さて、この後、ホテルまで歩いて5分ほどの道のりなのだが・・・。
 Mさんから「夜は寒いですよ」とは聞いていた。ので、ジャンパーを一枚、余分に羽織ったつもりだった・・・けど、寒かった。
 結構、冷えたみたいで、早足で急ぎ、ホテルへ帰る。
 どうもロングドライブの疲れとこの時の寒さが次の日に影響をしたようだった。

 実は旭川の近くの美瑛という町に従姉夫婦が移住をして住んでいます。伯母の介護を私が担うことになり連絡をたまに取りあうくらいの関係ですが、昔は同じ市に住んでいて職業も同じだったため、親近感は持っていました。特に今回連絡はしておらず旅程に美瑛は入れていなかったのですが、近くに来て連絡しないのもなぁと電話をしてみました。するとぜひ会いに来てと言ってもらい、私も何で北海道に移住したのか北海道に来てみて何となく想像ができた感じがしたので会ってみたくなっていました。それで、明日の旭山動物園見学の後に美瑛に行ってみることにしました。

 旭川は連れ合いが「旭山動物園へ行きたい」といって来た所なので、特にその後の予定は決めていなかった。午後からは連れ合いの親戚を訪ねて、その後、札幌へ向かう事となった。


北海道へ出発まで

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    翌日(10月17日)へ

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