10月17日(火) 旭山動物園


 10月17日(火)、さあ、旭山動物園の日です。別に動物園がそんなに好きなわけではありませんが、刺激的なアトラクションのあるテーマパークよりははるかに好きです。シドニーの動物園はどの動物もお客さんが柵のないところに動物を見ることができてよかったなぁと、昔のことも思い出しました。神戸動物王国も良いですし、京和歌山のサファリパークも良いですよね。ペンギンパレートも有名で、やっぱり楽しみにしていました。それが、想像とはだいぶ違っていたんです。
と言っても想像を裏切られたという意味ではありません。あいにくの雨模様で少し肌寒い朝でした。


 最初に入ったのはもちろんペンギン館。水槽の中のトンネルをくぐるところから可愛いペンギンたちに迎えられ、大きな水槽を泳ぐ様子や陸での様子も間近で見られて可愛い~😍(⋈◍>◡<◍)。✧





のんびり寝ている白熊       

 その後はアザラシが大きな体で床から天井に作られたく筒状の水槽を何度もくぐり、重たそう・・。次はレッサーパンダが頭の上で行き来する可愛いしぐさにくぎ付けになり、猛獣館では虎やライオンの凛々しい姿に惚れこみました。チンパンジーや白熊、猛禽類も楽しく、展示の仕方や動物たちの生態の説明なども手作り感満載でとても工夫が効いていて、素晴らしいと思いました。ただ、ちょっと寒すぎたかな。



 私が是非見て欲しい一枚を入れておきます。


 これはシロクマ館にあった物だ。「富を貯めるのは各人の倉にモノを貯めることではなく、大地を豊穣に自然を豊かにし、自然の中に富を貯めることだ」と書かれている。

 もう一つ、オオカミ館に小学生が制作したのだと思うが、絵と文章でオオカミの物語が書かれていた。大体、以下の内容だったと思う。

 ○昔は蝦夷の地には沢山のオオカミがいてエゾシカを餌にして暮らしていました。
 ○アイヌの人達とオオカミとは一定の距離を保ち、共存していました。
 ○ある日、内地から開拓民の人達が来て、家畜を荒らすという理由でオオカミを全滅させました。およそ100年前のことです。
 ○天敵がいなくなり、エゾシカがどんどん増え続けている。そして森や草原や畑が荒らされている。エゾシカを害獣にしたのは誰?


 物語は前後にもう少しあるが、私にはこの「エゾシカを害獣にしたのは誰?」の言葉が響いた。知床のヒグマも同じ事がいえるのではないか。また、昨日、網走監獄の開拓の話を知ったばかりである。苦労の末、今の北海道のインフラを整備して来た人達。大勢の人が亡くなっている。それこそ命がけの事業であった。しかし、オオカミから見ればまた見方が変わってくる。オオカミを絶滅させた事でエゾシカも殺さなくてはならない事になっている。

 ちなみにオオカミは人を襲わないと聞いている。もし、オオカミが人を襲う動物だったら、多分、犬はいなかったと聞いた。

 「来てみないとわからないね。」と連れ合いと話す。お土産屋さんに入ると、ありました、旭山動物園限定のキーマカレー。これもいくつか、ゲットしました。

 そんなわけで、ここでもとっても満足して、次の美瑛に向かうことになりました。
 美瑛はご存じの通りお花畑のイメージですよね。今は季節外れなので、特に立ち寄る予定ではなかったのですが、車から見える景色はどこも圧巻で、とても解放感を感じることができます。大阪での毎日の日常がとても小さいことのように思えてくるんです。こんな大きな景色の中でいろんな煩わしいことを忘れて毎日暮らせるところが北海道なのかなって思えてきました。だから、従姉は移住をしたのかもしれないって思えてきたんです。

 ナビのおかげて従姉のお家はすぐに見つけることができました。20年前に買った一戸建ては広い庭に植物がいっぱいで、目の前にはやはり圧巻の景色が広がっていました。毎日この景色の中で呼吸ができるんやなぁ・・。
 出迎えてくれたのはエプロンをしたご主人様と、昔のN子ちゃんでした。この従姉は私の母の一番上の姉の子で、才色兼備の美人姉妹の妹さん。実は彼女もお姉さまも私と同業者でしたか、お姉さまは現職中にご病気で早世されています。そして、N子ちゃんは母一人でしたのでお母様を連れてここに、退職前に仕事を辞めて移住してきたのです。その、私にとっては伯母さまの話を聞いたり、こちらにいる伯母の話をしたり(ちなみにうちの母は6人兄弟の末っ子で兄1人姉が5人いるのです。私には従兄姉がいっぱいいます。)、またご主人様の好きなコーヒーを豆を挽いて入れていただいて、昼食もいただいてお話もいっぱいできました。なんと男二人の話が盛り上がり、北海道についてもいろいろ話を聞くことができました。私が北海道に魅力を感じていることを話すとぜひ移住しておいでと誘ってもらいましたが、車の運転ができない私にはやはり無理かなぁ・・年に2回1月ずつくらいならできないかなぁ・・なんてね。


 連れ合いの従姉さんにお会いして、ご主人と話が弾んだ。アイヌの人の漁業権の話、北海道の経済の話など、今の北海道が抱える問題の一部を知る事が出来た。
 北海道の生活は大変ではと思ってお尋ねしたが、「子育てや働いている人は大変だと思うけど、年金生活になれば、吹雪けば家から出なければいいだけですから、それ程大変でも無いですよ。」との事だった。雪下ろしも必要ないような屋根で、勝手に雪が落ちてくるので、車を停める場所は気をつけなければいけないとか。
 窓からはと~お~くの山まで続く平野が見え、一面雪の景色を想像する。夜は音も無く、星明かりだけの雪原が広がるんだろうな~と思う。

 楽しい時間が過ぎ、一路、札幌を目指して出発した。
 実は旭山動物園にいる頃から、体が少しだるく、雨が降っていた事もあり、寒いなと感じていた。
 従姉さんの家にいる時には楽しかった事もあり、なんともなかったが、走り出してしばらくすると少ししんどい感じがある。高速にさえ乗ってしまえばと思っていたが、高速までが意外と遠かった。
 ようやく高速道路に乗ると、すぐに80kmH終了の標識が。ここから制限時速が100kmHになる。ここまでは高速(自動車専用道路)といえど、殆どが70kmH、一部80kmHであったが、札幌近郊になるので、多分、100kmHになるとは思っていた。
 ここにきて、車の運転支援機能が本当にありがたく感じた。クルーズコントロールをGPS測定で99kmHになるようにセットする。車線維持の支援も有り、あくまで支援なので頼り切るわけにはいかないが、それでも負担はかなり減る。
 連れ合いは「無理に100kmH出さなくても」と言ったが、なるべく早く着いて、横になりたかった。クルーズコントロールに助けられているので、80kmHも100kmHも変わらなく感じていた。

 やがて札幌で宿泊する「三井ガーデンホテル札幌ウエスト」に到着する。駐車場がタワーの為、私の車は停める事が出来ず、反対車線のパーキングへ駐車する。

 ホテルの部屋に入ると、ベッドへ寝転ぶ。少し寒気もする。せっかくの札幌の夜だが、外に出る事は出来そうも無い。連れ合いがコンビニで手巻き寿司のセットを買ってきてくれ、フロントで体温計を借りてきてくれた。「明日のゴルフ、キャンセルしようか?」と聞いてきたが、一晩寝れば何とかなると思った。
 熱は最大38度6分まで上がったが、少し寝てはお茶を飲み手巻き寿司を一つ食べ、少し寝ては・・・を繰り返し、やがて完全に寝て、朝5時頃までぐっすりと眠り、熱は37度1分まで下がっていた。



北海道へ出発まで

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