リドのディナーショー


 すいません、このページは言葉だけになってしまいます。一枚だけ、昼間に写したリドの入り口を入れておきます。


 リドはカメラが持ち込み禁止なので、一切の写真は撮れませんでした。国賓がパリにきたら必ず訪れるという、名実ともに世界一のキャバレー、リド。ここに来るためだけに僕はスーツを荷物に入れてきたのだ。(^^)
 集合場所にはたくさんの人が集まっていた。新婚さん、卒業旅行の若者達、20人以上はいそうなおじさんおばさんたち・・・。正直言ってこの人達と一緒に行くのかいなとうんざりしていた。出発時間前になると、一人のフランス人が、「ヤマモトさんですか?」と聞いてきた。この人がリドへの送り迎えをしてくれる人で、東京から来た女性の2人組と僕の3人がリドへいくとの事だった。正直、ほっとした。一緒になった2人も「良かった〜」と安堵のため息。
 混雑する道をみごとに運転していく。はっきり言います。パリで運転するのはやめときましょう。日本人には無理です。(^^;
 リドにつくとさすが世界一のキャバレーという雰囲気。日本のキャバレーの雰囲気では無い。(と思う。なにせ、日本のキャバレーに行った経験が無いもので。)
 20時からディナーが始まり、22時からがショーだとの事。一緒になった2人も同年代のようで、いろいろ話をしながら食事が進む。面白かったのは、シャンパンを飲んだのだが、僕が飲みやすいように皿の左側に置いてあると、注ぎに来た人が皿の向こう側に置きなおすのだ。左側だと給仕の邪魔になるのかなと思って今度は右側に置くと注ぎに来たとき、また戻すのである。どうやら、シャンパングラスの定位置があって、そこに戻しているようだった。


 ひとしきりデザートまで食事を楽しんだ後、ショーが始まった。一緒になった女性のうちの一人が話していたことだが、その人の祖母がパリに来た時にリドに来て、お母さんに「パリに行ったら絶対にリドに行ってきなさい。」と言って、お母さんはその通りパリに来たときにリドに行き、娘さんのその人に「パリに行ったらリドに行ってきなさい。」と言ったのだそうだ。だから、親子3代でリドに来たという。
 リドのショーで特に売り物になっているのは背の高いスマートな女性たちの踊りである。ほとんどがバストを丸出しにした衣装だ。男連中が大喜びで見に来るのは分かるが、女性が見てその娘に薦めるのだから、いわゆる、性を売りものにした時の女性に与える「不快感」が無いのであろうと思っていた。でも、そんな話ではない事を思い知らされるのである。

 リドのショーの中で僕がもう一度見たい、もしあそこに焦点を当てたショー展開なら涙がこぼれていたかも知れない、と思った所がある。それは女性ではなく、ブリーフ一枚で体中を金色に塗った男性二人が行ったショーである。二人ともすごい体つきをしているが、俗に言うマッチョマンではない。ボディービルダーのような硬い筋肉ではなく、見るからにしなやかなやわらかい筋肉なのである。そしてそこに展開した力技は信じられないほどの物であった。吊り輪のの十字懸垂でもあれよりはよっぽど楽だろうと思う。しなやかな筋肉に力が入る。しかし、カチカチに固まるのではなく、やっぱりやわらかく波打っている。きっと奥歯をかみ締めて必死になっているだろうに、顔つきは無表情のまま。ひとつあげると、一人が寝転び、ひじを床につけて腕を立てる。その上にもう一人が逆立ちする。最後には片手だけになるのである。すごい力とバランスだ。

 この時に気づいたのであるが、ギリシャ彫刻などに出てくる男性の体はこの体なのだ。筋肉美を作るために鍛えるボディービルと違い、実際に使うために鍛えられた筋肉。だから美しいのだ。(ボディービルには別の目的があるわけで、それを否定しているわけではないので、誤解なきように。)
 そう、そしてそれとついにあるのが女性の体なのである。「どんな女性でも美しい」のではない(こんなことをいうとどこかの団体から非難が来そうだが)。女性も磨き上げた体が美しいのである。でも、それは単に「痩せる」とかそんな事では無い。男性の筋肉美が使う筋肉、つまり、普段の生活の中から出て来たものであるように、女性も普段の生活の中から出てきたものである。だから、下腹がぽっこり出ている女性を描いた物も結構ある。医学的にも下腹がぽっこり出ているのは健康な証拠らしい。現代人は胃の上からぽっこりでているからいけないのだそうだ。

 話がそれた。パリはいたるところに彫刻がある。そこには当然、女性のヌード、男性のヌードがある。美術館には名だたる上質な彫刻や絵がある。そんな環境で育ってきたパリの人達は、上質な芸術感覚を身に付けているのだ。これがギリシャやローマで無かった理由は、時の政治家たちが芸術を愛し、美術品を戦利品とはいえパリに集めたせいであろう。フランス革命で倒されるルイ王朝に至っては、お金がなくなって民衆の怒りを買うほどまでにも芸術を愛したのだ。

 そして、リドのショー。バストを丸出しで踊る彼女たちは男性に媚を売っているのではない。磨き上げた自分の体を見せびらかしているのである。だから、女性たちも「綺麗ね〜」というのだろう。パリのファッションショーがテレビでやっていたのをたまたま見たとき、解説の女性が、「この人の作品にはシースルーなどがないため、モデルの女性達は自慢のバストを見せる事が出来ませんから、つまらなさそうですね。」と話しているのを聞いたことがある。彼女たちにとってはバストを見せるということは快感なのだ。もちろん、場所は選ぶが。

 そしてファッション。僕たちのように太い人間は横じまの服を着ると余計に太く見えるので縦じま着るのがセオリーである。そう、ファッションはその人の欠点を隠し、長所を引き立てるのだ。肉体美の上にそれをもっとよりよく見せるためにデザインを考え、ファッションが発達していく。だからパリがファッションの発信地なのだ。

 以上は僕のまったくの個人的な解釈なので、責任は持ちませんが、(^^; 全然、絵とか彫刻に興味の無かった僕が、ギリシャ彫刻に興味を持つような事態になるとは思いませんでした。(^^ゞ


 華やかなショーも終わり、ホテルまで送ってもらった時にはすでに12時30分を回っていた。



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